2014年12月28日日曜日

スマホは熟年世代の最強兵器だ

ガラケーから最新のスマホに変えてから1年になります.

多すぎるほどのアプリに戸惑いながら、少しずつその有効な使い方を習得しており、その一部をシリーズでご紹介します.

【1】デジカメのリモコンとしての活用
2014年10月8日の皆既月食の撮影を友人から勧められ、デジカメでの撮影を試みました.
しかし、超望遠レンズや頑丈な三脚は保有しておらず、どうすれば撮影できるか悩みました.
持っているのはミラーレスのデジカメとコンパクトな三脚のみ.
幸い、我が家の2階の窓からは障害物なく月が見えるのですが、何しろデジカメの方向を微妙に調整し、デジタルズームも併用して月を画面に捉えても、シャッタボタンに触れるだけで月はどこかに飛んでしまいます. そこでデジカメのNFC(Near Field Communication:近距離無線通信技術)を初めて活用し、スマホとデジカメをWi-Fiで接続し、カメラにノータッチでスマホからシャッタを切ることにしました.(左の写真は撮影機器と環境の再現画像です)
この方法が意外に成功して、欠け始めから終わりまでの2時間を写真に撮ることができました.
ちなみに皆既月食では月は地球に完全に隠れますが、波長の長い赤や赤外光が回折し、月を上手く照らしてくれます.デジカメは人間の目より赤外光を良く写してくれるので、肉眼より鮮やかに赤銅色に輝く写真が撮れました.ちなみに以下の写真で19:38の皆既月蝕時のデータはISOが800、シャッタ速度は1s、絞りはF5.6でした.


【2】テザリングでパソコンをネットに接続
 仕事でノートパソコンを持ち出すことが時々あるのですが、空いた時間にネットに接続したいこと
が有ります. 最近は多くの場所でWi-Fiに接続できるのですが、郊外などでそのようなホットスポットが見付からない時、スマホ経由でパソコンをネットに接続するのがテザリングです.
これもWi-Fi接続ですが、IDとPWで接続するので一部の公共のWi-Fiよりセキュリティー的には安全と思っています. 速度も決して遅くなく、ただしスマホの契約条件でデータ容量を決めているので、私の場合は3GB/月ですが、スマホにデータ使用量がグラフ表示されるので、高額の追加料金を請求されるリスクはあまりありません. 
 聞くところによると、最近はスマホだけで卒論を書いてしまう学生が出現するなど、若者はスマホを精一杯に活用しており、熟年世代も負けないようにしたいものです.
後編ではスマホで大画面のプレゼンをする方法、カーナビとの連携、大容量のデータストレージとしての利用などをご紹介します.
                           坂井公一

2014年4月13日日曜日

本の匂い、珈琲の香り

 40数年前のことですが、ちょっと贅沢な気分を味わえたのが京都の河原町通りにあった丸善に行くことでした。本屋さんには紙かインクが分かりませんが独特の匂いが満ちていました丸善の2階

には煌めくほどの洋書が並んでおり、また舶来の文房具、事務用品を羨望の目で見ていました。京都丸善は梶井基次郎の作品「檸檬」に実名で登場します。
 その洋書の並ぶ2階にはコーヒースタンドがあり、いつもコーヒーの香りがフロアーに漂っていました。学生などが近寄れる雰囲気ではなく、いつか自分もここでコーヒーを飲める身分になりたいと思っていました。
 就職して職場も住居も大阪になってからは丸善に出かけることは無くなりましたが、その丸善が2005年10月10日に閉店したことを後で知りました。
閉店が報じられて以降、書棚の上に檸檬を置いて立ち去る人が続出し、店はバスケットにそれらの檸檬を積み上げたようです。
 丸善ではコーヒーを飲めませんでしたが、近くの喫茶「築地」、「フランソワ」、そして東郷青児の作品が展示されている「ソワレ」ではコーヒーを飲みました。
驚くべきことにこれらの老舗喫茶店は今も営業を続けています。
洋書には縁が無かったですが、安価な文庫本はよく読みました。
昔買い集めた本の多数は処分してしまいましたが、現在は電子図書館である「青空文庫」で読むことができます。日本の著作権50年を超えた名著13000作品が無料で、しかもパソコンの大きな画面で見られるので文庫本の細かい字が読めなくなった身には助かります。 2013年は吉川英治、室生犀星、柳田國男らが青空文庫入りしました。遠くないうちに三島由紀夫(1970年没)、川端康成(1972年没)も電子化されます。その電子化(テキストデータ化)はボランティアが入力、校正、ファイル作成を担当しています。
 その方達を青空文庫では「青空耕作員」と呼ぶそうで、名前も微笑ましい感じがします。
 この無料の青空文庫がピンチを迎えています。TPP交渉では著作権を70年に改めるように米国から要求を受け、妥結すると“休耕状態”となり、三島由紀夫と川端康成がネットで読めるのはずいぶん先に伸び、文庫の収録が20年に渡り停滞することになります。
 海外では、グーグルが2003年から世界中の図書館蔵書のスキャンを始めており、ハーバード付属図書館が400年近くかけて収集した書籍のうち約1550万冊、スタンフォード付属図書館の100万冊以上、慶應義塾図書館の12万冊、ボドリアン図書館(オックスフォード大学)など、著作権保護期間を超えた書籍のデジタル化を今も進めています。
 貴重な書籍のスキャンは人が1枚ずつページをめくってやるようで、1冊あたり25~100ドルの経費を掛けたと言われています。現在、著作権の保護期間(海外では70年が主流)が満了した書籍は、全文が公開されており、著作権保護期間が存続している書籍は、書籍の一部がプレビュー表示され、同時に書籍販売サイトへのリンクが表示されています。ちなみに昔の半導体関係の専門書を検索すると、70年未満なので電子化されておらず、代わりに書店や所蔵図書館が掲示されるので、公平なシステムと見受けられます。
 もう一つのリスクは日本を含む200各国が締結するベルヌ条約が有り、米国で判決が出た著作権に関するすべての規制が自動的に日本にも及ぶ問題です。
 冒頭で述べた丸善京都店ですが、2015年春に営業を再開すると報道されています。その時には2階の喫茶コーナで、喫茶コーナが出来ればの話ですが、是非とも珈琲を飲みたいと今から楽しみにしています。                                                                
                              坂井公一

2014年3月31日月曜日

デンドライト

 デンドライトは樹枝状晶とも呼ばれ、あたかも枝が伸びたような結晶のことをいいます。北国の寒い日に窓ガラスに見られる氷の結晶も木の枝のような形をしているのはよく知られています。

 水は常温では液状で低温に冷却してはじめて固体になりますが金属は高温に加熱されて、はじめて液体となるため、溶けた金属を目にする機会は多くありませんが、金属も液体から固体になる際に芸術的といえるような結晶が生成しているのです。その一つにデンドライト状の結晶成長があります。
 一般の金属は複数の元素が混合されたり、不純物元素が含まれていて、液体状に溶けているときには均一に混ざっていても、凝固の際には純度の高い金属が優先的に結晶として固体になる性質を持っています。このときに結晶の成長に伴い液層の界面では他の成分が排出濃化され、成分分布と温度分布が複雑な関係になり、結果として結晶化しやすい方向に直線的に結晶が成長し、時には枝分かれして樹枝状のデンドライトが形成されます。このため冷却速度が異なるとデンドライトの形態も変化していきます。
写真は溶融温度が低いカドミウム溶液中で結晶成長させたアルミニウムのデンドライト組織です。
アルミニウムの結晶(凝固速度:速)
冷却速度が速い場合と、遅い場合に比べて、結晶の先端の形状が変化します。ゆっくりとした結晶成長では、はっきりとした結晶面(ファセットと呼ばれます)が形成され、芸術品のような形状を呈します。
アルミニウムの結晶(凝固速度:中)

アルミニウムの結晶(凝固速度:遅)

筆者がカナダ・トロント大学の研究生の頃の研究です(1975)。(指導教授:John W Rutter)
                             三浦 實

2014年3月2日日曜日

松下幸之助語録(3)

1、 血の小便

  私が現役の時代、世の中はカラーTVが大きく普及し、電気業界や販売店なども含めて、カラーTVに代わる次の大型商品に期待が集まりました。カラーTVに代わる大型商品は何かと関係者のみならずメディアも含めて、カラーポストは?ポストカラーは?などと世間では声高に叫ばれ、VTRが注目されました。
 VTRの開発を担当していた私達は試作品が完成し社長にお見せするために松下(現パナソニック)本社2階の役員会議室でセッティングして待っていると、突然松下幸之助創業者がふらりと入ってこられ「これいくらで売るのか」と質問されました、以後2,3の質問され製品についてのご自分のお考えを述べられました。その中で技術的に難しいなどと私らが否定的な答えをすると「君ら“血の小便”が出るまでやったか」と厳しく叱責されました。

 この言葉はまた、別の方からも聞かされました。当時副社長技術本部長の直括の特別研究室でVTRの開発を担当していました。常に新しいアイデアを要求される場面がありますが、なかなかいいアイデアが出てきません。副社長にこの案で進めさせてくださいと報告しますと「藪野君、“血の小便”が出るほど考えたのか」と追及されたことがあります。多分副社長も若い頃、創業者の松下幸之助さんからこの言葉で指導されたのだと思われます。

松下幸之助創業者と当時の中尾副社長

2、 物(ぶつ)が語りかけてくる

 当時VTRは注目の製品であったので、創業者の松下幸之助さんもたえず開発の進捗状況を気にしておられたのだと思います。秘書を通じて再々報告を求められたので、本社の創業者の居室や西宮の本宅にまでも試作品などを持ち込んでお見せして報告に伺ったことがあります。その際には必ず私達には教訓というか物の見方をお教えいただきました、ここに紹介するのもその一例です。
「君な、物というもんは、じっとこう前において一時間ほどにらめっこしておったら、こうしてくれ、こんなにしてくれと言いよるもんや」「君ら屁理屈ばかり言ってるけど、言うだけやなしに実際にやらないかんのやで、自分の一所懸命につくったものを抱いて寝るくらいの情熱をもって見とったら、それは必ず何かを訴えよる。ここをもう少し丸くせよ、もう少し小さくしたら、軽くしたらと品物が教えてくれるで。そのようにならんといい物は出来んで」と厳しく言われました。         藪野 嘉雄

2014年2月2日日曜日

松下幸之助語録(2)

不況またよし、松下幸之助・不況克服の心得十か条


第1条「不況またよし」

  不況、困難に直面して、ただ“困った、困った”と考えてはいないでしょうか。不況を後退につながる忌まわしいものと受け取るか、発展への好機と捉えるか、経営者としては“不況もまたよし、不況こそ改善・発展のチャンス”と考える。そうした前向きの発想からこそ、新たな発展への道も拓けてくるのです。

第2条「原点に返る」

  “この事業は何のために、いかに行うのか”という基本方針、経営理念を忘れてはいないでしょうか。問題が続出し、ともすればその厳しさに流されて、判断を誤りやすい不況時。そういう時にこそ、改めて原点に返ってみる。基本の方針に照らしてみる。そこから正しい判断も生まれ、断固とした不況克服の勇気と力が湧いてきます。

第3条「自らを点検する」

  自分なり会社の現状をよく点検し、正しい自己評価を得ることに努めているでしょうか。経営者に慢心があって、正しい自己評価を欠いたために、破綻を招くことが極めて多いものです。とくに不況時は、一歩誤れば命取りにもなりかねない“危機存亡の秋(とき)”。平時にもまして、冷静で念入りな自己反省、点検が欠かせません。

第4条「不退転の覚悟を」

  いざという難局に直面して、わが身を挺してぶつかっていく覚悟を持っているでしょうか。退くことは許されない。何としてもこの難局を突破するのだという経営者の強い執念と勇気、それが部下の意欲をも高め、思いがけない大きな力を生みます。不況、困難を飛躍、発展の好機に変える大きな原動力、それは経営者の不退転の覚悟から生まれてくるのです。

第5条「慣習を打ち破る」

  旧来の慣習に囚われていないでしょうか。非常時といえる不況期は、過去の経験則だけでものを考え行動しても、すんなりとうまくはいきません。“万策尽きた”という前に、これまで当然のこととしてきた慣習や商売の仕方を一度徹底的に見直してみる。そこから抜本的な改革も可能となり、打開の道もひらけてきます。

第6条「一服して待つ」

  あせって無理や無茶をしていないでしょうか。売り上げや仕事を確保することにとらわれて、無理な注文でも引き受けたり、極端な値引きの要求に応じたりしては深みにはまるばかり。不況の時には無理をせず、力を養おうと考えて、ちょっと一服することもまた必要です。そう腹を据えれば、痛手も少なく不況を乗り切ることもできるでしょう。

第7条「為すべきを為す」

  常に“何をなすべきか”
を考え、着実に手を打っていく努力をしているでしょうか。好況の時には、ともすれば気がゆるみ、あるいは忙しさにとりまぎれ、為すべきことを怠りがちなもの。不況時に倒産した要因の多くが、好況時につくられることを考えれば、いつ不況が来ても慌てずにすむように、日頃から為すべきことを為していくことが重要です。

第8条「ダムづくりの薦め」

  “ダムをつくろう”という意識を強く持って日々の経営に当たっているでしょうか。技術や人材、資金に設備、在庫、企画等々、“ダム”という考え方に基づいた余裕、ゆとりは、いわば経営の安定的発展を保証する保険料。不況に対してビクともしない企業体質を生むためにムダを除いてダムをつくらなければなりません。

第9条「打てば響く組織に」

  組織内の風通しが悪くなっていないでしょうか。良い情報も悪い情報も社員からどんどんあがってくる組織。外部の環境の変化に対する敏感な対応は、そのような活力ある組織から生まれてきます。不況に直面しても困らないために、好況時にも経営者は日々組織を風通しの良い状態に保つ努力を重ねることが肝要です。

第10条「責任は我にあり」

   業績が低下し、利益が上がらないのを不況のせいにしてはないでしょうか。どんな場合でも、やり方いかんで発展の道はあるものです。不況時の経営悪化とはいえ、それはやはり自らのやり方に当を得ないところがあると考えるべきでしょう。企業は社会の安定した発展のため経営者には“責任は我にあり”の姿勢が強く求められます。
                                                                                      藪野 嘉雄

2014年1月11日土曜日

イタリア生まれのコンピュータARDUINO

 今年のお正月は久しぶりに時間が取れたので、かねてより気になっていたArduino UNO(アルデュイーノ ウノ)というマイクロコンピュータを動かしてみました。


図1 Arduino UNOの入った箱
 コンピュータの入った箱はキャッシュカードより小さく、ちょっと気になる「永久保証」の文字が目に入ります。(図1)
 箱の裏にはさりげなくイタリアの地図が描かれています。(図2)
 箱を開くとさらに小さな掌に乗るマイコンボードが出てきました。重さはわずか28g、パソコンと接続するUSBコネクタがやたらと大きく見えます。

 
最初に必要なのがネットからArduinoのプログラムを開発するIDE(統合開発環境)のダウンロードです。
図2 箱とボードに書かれたロゴマーク

Arduino IDEは無償で利用できるソフトウェアです。
  再びボードに目をやると、基板の上下にずらっと入出力端子が並んでいます。(図3)



 
図3 掌に載せたARDUINO UNO
説明では14本のデジタルI/Oピンが利用可能
で、そのうち6本はPWM信号を生成でき、他に6本のアナログ入力があります。端子の電流能力は20mAと書かれているのでLEDぐらいなら直接点灯が可能ですし、外にトランジスタを付けるとモータやアクチュエータも立派に動かせます。
 ネットから取得したArduinoのIDE(統合開発環境)はエディター、コンパイラー、基板へのファームウェア転送機能などを含み、C言語でプログラムを作ります。プログラムのベリファイ機能を通してOKとなればプログラムをボード上のマイコンに転送し、パソコンと分離しても動作できるものです。

 ちなみにArduinoではプログラムを「スケッチ」と呼びます。ボードと一緒に購入した解説本は開発者のイタリア人の著述を直訳したもので、「パルメザンチーズを取ってくれ」などのイタリアらしい表現に溢れていてとても面白いものです。

 Arduinoプロジェクトは2005年にイタリアで始まり、「デザイナーなど、電気やソフトにあまり詳しくない人が思った事を簡単に実現できる仕組み」 を安価で簡単に使用できるコンピュータとして実現したもので、「フィジカル・コンピューティング」とも呼ばれています。

 思い返せば1970年代の終わりごろ、民生用の4ビットマイコンを初めて商品に搭載するときは開発環境も開発ツールもきわめて貧弱で、辛酸をなめた記憶があります。

 このボードコンピュータの価格は3000円ほどで、興味を持つ中学生、高校生でも十分に使えるもので、ロボットの制御や簡単な生産設備の制御にも使える能力があります。
 ワンチップマイコンは日本が開発と応用を主導し、今でも日本メーカが世界トップの占有率を持っていますが経営的には厳しい状態から抜け出ていません。
 ところで、Arduino UNO(アルデュイーノ ウノ)のUNOは調べるとイタリア語の1ですが、私には「右脳」と聞こえました。

 右脳は直感や創造性、空間認識、音楽、イメージなどの働きをしていると聞きますが、まず若い学生や電気の専門家以外が楽しく開発できるシステムを作ったイタリア人の発想に感心しました。
テキストと簡単な実験回路部品を含んだキットが6000円ぐらいで手に入るので、興味のある方はトライしてみて下さい。                                                                  坂井公一