私が長く働いていた電気会社のオーディオ部門では、月に一度の合同朝会で技術部長が方針や戦略について話をしていました。ほとんどの内容はその日の午前中に忘れましたが、1980年頃に欧州出張から帰国した時の話は今でも鮮明に覚えています。
それはLP一枚分の音楽が12cmのディスクに高音質で記録できるという話でした。当時の音楽ソースと言えばLPか、FM放送からオープンリールまたはコンパクトカセットに録音したものでした。 フィリップスとソニーが開発したCDは1982年に商品として世に出たので、今年でちょうど30年になります。高音質のCDはLPやテープというアナログメディアを駆逐し、VHSが支配した映像の世界もDVDとブルーレイに置き換わりました。
音楽を歩きながら聞く携帯オーディオの時代に入ると、主流はネットを介してHDDやフラッシュメモリーに記録する世界に主役が代わりました。
この間の技術の変遷はデジタル信号の圧縮技術に大きく依存しています。iPodやスマホなどではMP3、WMA、AACなどの技術によりデータを1/10以下に圧縮しています。
CDといえどもデータ形式は量子化16bit, サンプリング周波数44.1kHzであり、再生できる周波数帯域は20kHzまでに制限され、エラー訂正処理を通した音楽を我々は聞いています。それが圧縮処理した音楽ではさらに元データから分からないように音楽データを“間引き”して聞いていることになります。
写真上は筆者の仕事部屋兼寝室のAVシステム(AMPは自作です) |
オーディオメーカが精魂こめて作り上げたハイファイの世界を体験した者には、携帯オーディオで世界を席巻したA社製品に付属のヘッドホンなど音として醜くてとても使えるものでありません。
16世紀にイギリスの経済学者が指摘した「悪貨は良貨を駆逐する」、つまり良質なものはあまり流行らず、質の低劣な物ほど流行るというグレシャムの法則を見る感じがします。
電車の中でも、歩きながらでもヘッドホンで圧縮音楽を聴く姿を見ると聴覚の劣化を招かないかと余計な心配をしてしまいます。
オーディオの性能が劣化する中で、映像の世界では地デジやBSのハイビジョン映像の鮮明度は満足のいくものです。さらに画素数を4倍に上げた4Kテレビが商品化され、2020年には16倍の画素数をもつスーパーハイビジョン放送が始まります。
筆者は自室の薄型テレビに高性能のスピーカと自作のアンプを接続して聞いています。
良質のステレオ再生システムは音の広がり、奥行き感、音像の定位、ランダムノイズを相殺させる効果があります。さらに美しい画像は高音質の再生音で一層映えるもので、目と耳は連動している感じがします。
このような良質とは言えないオーディオに飽き足らず、高音質のオーディオを望む人が増えつつあり、最近は「ハイリゾ音源」のネット配信が人気を集めています。ハイリゾ音源はCDを作る時に録音するマスターの音質に近いもので、CDの3~8倍のデータ量を持ち、CDではカットされている20kHz以上の帯域も含み、耳で聞こえない音は肌で感じ取るレベルです。
デジタルソースにおける音質の順序付けをデータ伝送量からすると以下と考えられます。
圧縮音楽(MP3、WMA、AAC)<CD、DVD、地デジ<ブルーレイ(注)<ハイレゾ音源
(注)ブルーレイはE-AC-3やドルビーTrue HDモードの場合
「歴史遺産」となっていたLPレコードもディスクの素材を改良し、再プレスした復刻版がじわりとファンを増やしています。対応のアナログ・レコード・プレーヤも毎年数万台売れています。大きな紙のジャケットへのノスタルジーもありますが、なによりもCDなどより高音質であることを評価する人が増えているようです。
もう一つの流れは薄型テレビに接続するアンプ、スピーカシステムが少しずつ売れ始めています。 またヘッドホンではなく、スマホや携帯に直接接続出来るドッグスピーカが市場を広げ、iPodを乗せて駆動する真空管アンプまで出現しています。音源は同じでも良質のアンプとスピーカを通して聴く音楽はまだましかもしれません。
これらはかって日本が得意としたアナログ・オーディオの世界であり、中小企業、ベンチャー企業の出番です。小型でデザインが良く、音質の優れたドッグスピーカは開発、生産の投資が少なく、繊細な日本のアナログ技術と物造りが生きる分野と思います。
坂井公一