2012年9月21日金曜日

切り餅に見る知的財産権の重要性(その1)


特許紛争と言えば、824日に米国カリフォルニア地区連邦地方裁判所で判決の出たスマホに関するアップルと三星電子の争いが思い出されます。判決では三星がアップルの特許を侵害したと認め、10億ドル(約800億円)の賠償金の支払いを命じたものです。両者の訴訟は世界各国で行われており、米国での訴訟はデザインや画面操作に関するもので、日本でのデータ同期に関する訴訟では東京地裁はアップルの賠償請求を退ける判決をしました。
日本での特許を巡る争いとして注目していたのがサトウ食品と越後製菓の切り餅に関する訴訟ですが、920日にサトウ食品の敗訴が確定しました。
越後製菓の特許(平成14年10月31日出願の図8)

サトウ食品の特許(平成15年7月17日出願の図1)

両者の発明は共に切り餅をきれいに焼くために切り込みを入れるものですが、越後製菓はサイドに切り込みを入れるのに対して、サトウ食品の出願はサイドに加えて上下面にも十字型の切り込みを入れることを特徴としています。

訴訟は越後製菓がサトウ食品に商品の製造差し止めと損害賠償を求めたもので東京地裁では敗訴、二審の知財高裁判決は勝訴、そして最高裁は919日にサトウ食品側の上告を棄却し、製造差し止めと約8億円の損害賠償が確定しました。
米国を除く世界各国は先出願主義のため、仮に同じ内容の特許なら特許庁に早く出願した者が勝ちです。本件では平成14年10月31日出願の越後製菓が早いのですが、出願後18ヶ月後に公開のため、サトウ食品はその出願を知らず平成15年7月17日に出願したと思えます。技術の高度化と複雑化の中で発明についての判断は難しく、両者の特許は登録されています。つまり審査官によって両者とも新規性と進歩性が認められていることになります。
経緯はともかく、負けた側のサトウ食品は経常利益1,021百万円(平成244月)に対して特別損失を計上し、95%の減益となり主力商品の一つを失う結果となりました。両社を規模で比較すると業界1位のサトウ食品の売上高は265億円(平成244月決算)、業界2位の越後製菓は売上高160億円(平成233月決算)ですが特許出願数で比較すると前者が72件、後者が131件と判明しました。(特許電子図書館で検索) 単純な見方をすると越後製菓の方が特許に関して取り組みは進んでいたとも推定されます。今回の訴訟においても反論証拠の信憑性、知財高裁による昨年9月の中間判決で侵害が認定されたにもかかわらず製品の販売を継続し、和解の道を閉ざしたことなど稚拙さが目立ちます。 損害賠償請求金額1,485,000,000円に対して判決は802,759,264円と、この種の裁判では原告の請求額にかなり沿った内容であり、裁判官の印象も良くなかったと推察されます。  実際に専門家のコメントを見ると、サトウ食品は最近まで知財担当部署を置かず、本件の前には訴訟経験が一度も無かったとも書かれています。

国内で出願される特許は年間約30万件、審査請求、拒絶通知に対する意見書や補正の手続き、不服審判などを経て登録されるのは約20%。他の80%は多くの費用と手間をかけて結局は技術を公開するだけで終わる、一見割の合わない仕事です。
しかし知的財産権は研究開発、物造り、ビジネスの根幹であり、訴訟が増え、賠償金額も高額化する流れがあるので中小企業さんも知財権について認識を新たにする必要を感じます。
                                  坂井公一 

2012年9月2日日曜日

赤外線と写真の話


 最近はデジタルカメラが普及し、携帯電話にも搭載されるようになってきました。人間の眼は380780ナノメートルの光を感じています。レンズの役目をする水晶体を通して網膜の視神経が光を色の情報として脳に送っています。カメラではレンズを通した光をフィルムで受けて画像として記録します。最近のデジタルカメラでは撮像素子と呼ばれる半導体(CCDCMOS)が光を受けて赤、緑、青のフィルターを付けた3つ一組の受光部が電気信号に変換したカラー情報を三原色のデータで記録されるのです。その受光部の数(画素数)が最近のカメラでは1000万画素を超える程精細化されてきました。
 写真は人の眼が感じたままに記録することが必要なのですが、人が感じる波長域とフィルムとか撮像素子が持つ波長に対する感受性は大きく異なっています。昔カメラが高級品の時代にはレンズの前にフィルターを付けてレンズに傷が付くことを防いでいました。フィルターは紫外線領域の光をカットして写真の仕上がりを眼で見た風景に近い印象にする役割もあったのです。フィルムは眼に見えない紫外線領域には感度が高いという性質があるからです。逆に赤外線領域では感度が低く、写真が発明されて間もない頃は赤色付近では感度がなかったのです。坂本龍馬をはじめ幕末の志士たちが皆顔の色が黒いのは色黒であったのではなく、当時のフィルムは赤に対して感度が低かったので顔の色が黒く写ったのです。近年フィルムは改良を重ね、人が感じるのと同じ様に波長領域が広くなったのです。いわゆるパンクロマチックフィルムです。
 一方で人の眼が感じることの出来ない赤外領域まで感度を持たせたフィルムが発明され、赤外線領域の光で写真を撮る赤外線写真が開発されました。赤外線フィルムは赤外線(近赤外線)に感度を持っているのですが可視光にも感光します。そのため可視光領域の光をカットして赤外線だけを透過させるフィルター(IRフィルター)を付けて撮影をします。このフィルターは可視光を通さないため真っ黒に見えますが赤外線は通過させます。
 赤外線写真では晴天の空は黒くなります。雲は乱反射による赤外線により白く写ります。赤外線写真は可視光をカットしているためモノクローム(白黒)の写真です。山岳写真では空、雲、山のコントラストが強くなるためよく用いられていました。そして特徴的なのは木々の葉の色です。葉に含まれる葉緑素は赤外線をよく反射します。このため緑色の葉は可視光がカットされると葉緑素により反射した赤外線で白く写ります。あたかも草原、木々に雪が積もったように写ります。
デジタルカメラでは撮像素子そのものはフィルム以上に赤外領域に感度を持っていますが、カラー写真を見た目に綺麗にするため可視光領域外の波長をカットするファイルターがカメラ内に組み込まれています。初期のデジタルカメラでは赤外カットの効果が弱いものが多くIRフィルターを付けて赤外線写真が撮れるものがあります。最近では一部のカメラで敢えてこうしたフィルターを組み込んでいないカメラがあり、手軽に赤外線写真が楽しむことができます。赤外線写真を撮る時にはIRInfra Red)フィルターというものを使用することが必要です。デジタルカメラが赤外線に感度を持っているかどうかはテレビのリモコンの先端の小さいレンズをリモコンを操作しながら撮影すると分かります。一度試してみるのも楽しいものです。
人の眼を通してのイメージ

赤外線写真のイメージ

ひまわり畑の赤外線写真(空は黒く、葉は白く写ります)

三浦 実