2013年2月23日土曜日

ハーレーに見る商標権の重要性


 私の友人が60歳を超えて、バイクのツーリングに夢中になっています。レーシングスーツに身を包み、郊外を疾走する時に全身にダイレクトに伝わるエンジン振動、風を切って走る爽快感・・・等々を言っています。


 多くのバイクのエンジン音と排気音は「騒音」としか思えないのですが、ハーレーダビットソンの低く響く排気音は動画投稿サイトで検索すると山ほどヒットします。
 実はハーレーの排気音はUSPTO(米国特許商標庁)に商標登録されています。

 日本の商標法では登録が可能なのは「文字」「図形」「記号」や「立体的な形状(最近ではヤクルトの容器や「かに道楽」の動く看板が登録された)」などに限られていますが、米国、イギリス、ドイツ、フランスでは「音」が商標(サウンドロゴ)として登録できます。

 日本でも使われている「♪ポーン ピポンパンポン♪」というインテルのCM音は、我々にもなじみがあると思いますが、これも海外では商標として登録されています。
 色彩についても欧米では商標登録の対象であり、有名な「ティファニー・ブルー」は独占権が認められています。(下図)

 こうした視覚や聴覚に関する新たな商標権は世界的に企業ブランドを商品やサービスに盛り込めるほか、コピー商品を排除する抑止力としても有効に機能する効果があります。

 フランスでは偽造品が多い香水の「香り」も商標として登録しようという動きがありますが、今はボトルの形状までが商標登録の対象になっています。

 特許出願が先行技術調査や明細書の作成など多くの労力と費用が必要な割には最大25年間の権利期間に対して、商標登録はそのものズバリですから調査も手続も比較的容易で、しかも登録料(登録のための法定費用は37600円x区分数)を支払い、10年ごとに継続手続き(法定費用は10年分で48500円x区分数)をすると半永久的に独占的に権利が守られます。

 このように企業のブランドや商品のイメージを代表する商標権を日本でも拡大する方針が決まりました。特許庁は「動き」「ホログラム」「輪郭のない色彩」「音」などの登録が可能になる商標法改正案を今の通常国会に提出し、2014年の施行を目指しています。
 1年前にはアップル社のiPadの商標権問題で、アップルは中国企業に48億円の和解金を支払ったと報道され、商標権の重要性が改めて話題になりました。
 独自のブランドを育てたい企業さんは弁理士事務所や発明協会と相談し、拡大される商標権をビジネスに生かす、またはビジネスを守る取り組みが必要と思われます。                                                                                                                                              坂井公一

2013年1月30日水曜日

いわて三陸復興フォーラム


 1月17日の阪神淡路大震災の追悼式典が今年も神戸の東遊園地で催された。今年で18回目を数える。当時の生々しい思い出を後世に語り継ぐ行事として定着してきた。訪れる人のなかには震災を知らない世代も多くみられるようになった。

 昨年からは同じ苦しみを持つ神戸と東日本地区の方との絆を強めるため、東日本の方々も参加されるようになり、今年からは東日本大震災でなくなられた方々を悼む3.11を象った追悼の竹灯籠も始まっていました。あの大惨事が遠い記憶の彼方にある出来事のような気さえするほど平穏な日々が続いているなか行われるこうした追悼式典は当時を思い起こし、日頃の備えの大切さを思い起こすよい機会であります。

 こうしたなか1月26日に関西大学で岩手県が主催する復興フォーラムが開催され、参加をしてまいりました。これは首都圏、地元岩手県で開催する3回のフォーラムの先陣を切って行われたものです。開催された関西大学は社会安全学部をいち早く設けて安全を脅かす様々な問題を学問として取り組んできている大学です。岩手県の大槌町とは東日本大震災からの自律的復興支援プロジェクト(すすめ!大槌プロジェクト)を立ち上げ協力関係にあり、今回のフォーラムでも全学あげての支援体制でフォーラムが行われました。



 土曜にもかかわらず、200名を超える人が参加し大盛況で、災害に対する関心の高さがうかがわれました。当大阪科学技術センター・ATACも東北復興を支援するプロジェクトを立ち上げており、東北地区の中小企業の皆さんに必要な技術的支援を提供する活動を展開中であり、特に関心の高い内容のフォーラムでありました。   
                                                                                         三浦 実


2012年11月11日日曜日

圧縮音楽とグレシャムの法則


  私が長く働いていた電気会社のオーディオ部門では、月に一度の合同朝会で技術部長が方針や戦略について話をしていました。ほとんどの内容はその日の午前中に忘れましたが、1980年頃に欧州出張から帰国した時の話は今でも鮮明に覚えています。

 それはLP一枚分の音楽が12cmのディスクに高音質で記録できるという話でした。当時の音楽ソースと言えばLPか、FM放送からオープンリールまたはコンパクトカセットに録音したものでした。   フィリップスとソニーが開発したCDは1982年に商品として世に出たので、今年でちょうど30年になります。高音質のCDはLPやテープというアナログメディアを駆逐し、VHSが支配した映像の世界もDVDとブルーレイに置き換わりました。
 音楽を歩きながら聞く携帯オーディオの時代に入ると、主流はネットを介してHDDやフラッシュメモリーに記録する世界に主役が代わりました。
 この間の技術の変遷はデジタル信号の圧縮技術に大きく依存しています。iPodやスマホなどではMP3、WMA、AACなどの技術によりデータを1/10以下に圧縮しています。
 CDといえどもデータ形式は量子化16bit, サンプリング周波数44.1kHzであり、再生できる周波数帯域は20kHzまでに制限され、エラー訂正処理を通した音楽を我々は聞いています。それが圧縮処理した音楽ではさらに元データから分からないように音楽データを“間引き”して聞いていることになります。
写真上は筆者の仕事部屋兼寝室のAVシステム(AMPは自作です)
アナログ・オーディオの時代は設計者が特性を独自の感性で調整していたのに対して、デジタル・オーディオでは特性はLSI(大規模集積回路)に依存し、設計者の工夫やスキルを発揮する場が無くなりました。さらに最新の薄型テレビのスピーカはスペースの制約で小型化し、結果として劣化した音楽ソースを貧弱なスピーカで聞いていることに慣らされてきています。
 オーディオメーカが精魂こめて作り上げたハイファイの世界を体験した者には、携帯オーディオで世界を席巻したA社製品に付属のヘッドホンなど音として醜くてとても使えるものでありません。
 16世紀にイギリスの経済学者が指摘した「悪貨は良貨を駆逐する」、つまり良質なものはあまり流行らず、質の低劣な物ほど流行るというグレシャムの法則を見る感じがします。
 電車の中でも、歩きながらでもヘッドホンで圧縮音楽を聴く姿を見ると聴覚の劣化を招かないかと余計な心配をしてしまいます。
 オーディオの性能が劣化する中で、映像の世界では地デジやBSのハイビジョン映像の鮮明度は満足のいくものです。さらに画素数を4倍に上げた4Kテレビが商品化され、2020年には16倍の画素数をもつスーパーハイビジョン放送が始まります。
 筆者は自室の薄型テレビに高性能のスピーカと自作のアンプを接続して聞いています。
良質のステレオ再生システムは音の広がり、奥行き感、音像の定位、ランダムノイズを相殺させる効果があります。さらに美しい画像は高音質の再生音で一層映えるもので、目と耳は連動している感じがします。

 このような良質とは言えないオーディオに飽き足らず、高音質のオーディオを望む人が増えつつあり、最近は「ハイリゾ音源」のネット配信が人気を集めています。ハイリゾ音源はCDを作る時に録音するマスターの音質に近いもので、CDの3~8倍のデータ量を持ち、CDではカットされている20kHz以上の帯域も含み、耳で聞こえない音は肌で感じ取るレベルです。
 デジタルソースにおける音質の順序付けをデータ伝送量からすると以下と考えられます。

  圧縮音楽(MP3、WMA、AAC)<CD、DVD、地デジ<ブルーレイ(注)<ハイレゾ音源

          (注)ブルーレイはE-AC-3やドルビーTrue HDモードの場合

 「歴史遺産」となっていたLPレコードもディスクの素材を改良し、再プレスした復刻版がじわりとファンを増やしています。対応のアナログ・レコード・プレーヤも毎年数万台売れています。大きな紙のジャケットへのノスタルジーもありますが、なによりもCDなどより高音質であることを評価する人が増えているようです。
もう一つの流れは薄型テレビに接続するアンプ、スピーカシステムが少しずつ売れ始めています。 またヘッドホンではなく、スマホや携帯に直接接続出来るドッグスピーカが市場を広げ、iPodを乗せて駆動する真空管アンプまで出現しています。音源は同じでも良質のアンプとスピーカを通して聴く音楽はまだましかもしれません。
 これらはかって日本が得意としたアナログ・オーディオの世界であり、中小企業、ベンチャー企業の出番です。小型でデザインが良く、音質の優れたドッグスピーカは開発、生産の投資が少なく、繊細な日本のアナログ技術と物造りが生きる分野と思います。
                                                                                             坂井公一


2012年9月21日金曜日

切り餅に見る知的財産権の重要性(その1)


特許紛争と言えば、824日に米国カリフォルニア地区連邦地方裁判所で判決の出たスマホに関するアップルと三星電子の争いが思い出されます。判決では三星がアップルの特許を侵害したと認め、10億ドル(約800億円)の賠償金の支払いを命じたものです。両者の訴訟は世界各国で行われており、米国での訴訟はデザインや画面操作に関するもので、日本でのデータ同期に関する訴訟では東京地裁はアップルの賠償請求を退ける判決をしました。
日本での特許を巡る争いとして注目していたのがサトウ食品と越後製菓の切り餅に関する訴訟ですが、920日にサトウ食品の敗訴が確定しました。
越後製菓の特許(平成14年10月31日出願の図8)

サトウ食品の特許(平成15年7月17日出願の図1)

両者の発明は共に切り餅をきれいに焼くために切り込みを入れるものですが、越後製菓はサイドに切り込みを入れるのに対して、サトウ食品の出願はサイドに加えて上下面にも十字型の切り込みを入れることを特徴としています。

訴訟は越後製菓がサトウ食品に商品の製造差し止めと損害賠償を求めたもので東京地裁では敗訴、二審の知財高裁判決は勝訴、そして最高裁は919日にサトウ食品側の上告を棄却し、製造差し止めと約8億円の損害賠償が確定しました。
米国を除く世界各国は先出願主義のため、仮に同じ内容の特許なら特許庁に早く出願した者が勝ちです。本件では平成14年10月31日出願の越後製菓が早いのですが、出願後18ヶ月後に公開のため、サトウ食品はその出願を知らず平成15年7月17日に出願したと思えます。技術の高度化と複雑化の中で発明についての判断は難しく、両者の特許は登録されています。つまり審査官によって両者とも新規性と進歩性が認められていることになります。
経緯はともかく、負けた側のサトウ食品は経常利益1,021百万円(平成244月)に対して特別損失を計上し、95%の減益となり主力商品の一つを失う結果となりました。両社を規模で比較すると業界1位のサトウ食品の売上高は265億円(平成244月決算)、業界2位の越後製菓は売上高160億円(平成233月決算)ですが特許出願数で比較すると前者が72件、後者が131件と判明しました。(特許電子図書館で検索) 単純な見方をすると越後製菓の方が特許に関して取り組みは進んでいたとも推定されます。今回の訴訟においても反論証拠の信憑性、知財高裁による昨年9月の中間判決で侵害が認定されたにもかかわらず製品の販売を継続し、和解の道を閉ざしたことなど稚拙さが目立ちます。 損害賠償請求金額1,485,000,000円に対して判決は802,759,264円と、この種の裁判では原告の請求額にかなり沿った内容であり、裁判官の印象も良くなかったと推察されます。  実際に専門家のコメントを見ると、サトウ食品は最近まで知財担当部署を置かず、本件の前には訴訟経験が一度も無かったとも書かれています。

国内で出願される特許は年間約30万件、審査請求、拒絶通知に対する意見書や補正の手続き、不服審判などを経て登録されるのは約20%。他の80%は多くの費用と手間をかけて結局は技術を公開するだけで終わる、一見割の合わない仕事です。
しかし知的財産権は研究開発、物造り、ビジネスの根幹であり、訴訟が増え、賠償金額も高額化する流れがあるので中小企業さんも知財権について認識を新たにする必要を感じます。
                                  坂井公一 

2012年9月2日日曜日

赤外線と写真の話


 最近はデジタルカメラが普及し、携帯電話にも搭載されるようになってきました。人間の眼は380780ナノメートルの光を感じています。レンズの役目をする水晶体を通して網膜の視神経が光を色の情報として脳に送っています。カメラではレンズを通した光をフィルムで受けて画像として記録します。最近のデジタルカメラでは撮像素子と呼ばれる半導体(CCDCMOS)が光を受けて赤、緑、青のフィルターを付けた3つ一組の受光部が電気信号に変換したカラー情報を三原色のデータで記録されるのです。その受光部の数(画素数)が最近のカメラでは1000万画素を超える程精細化されてきました。
 写真は人の眼が感じたままに記録することが必要なのですが、人が感じる波長域とフィルムとか撮像素子が持つ波長に対する感受性は大きく異なっています。昔カメラが高級品の時代にはレンズの前にフィルターを付けてレンズに傷が付くことを防いでいました。フィルターは紫外線領域の光をカットして写真の仕上がりを眼で見た風景に近い印象にする役割もあったのです。フィルムは眼に見えない紫外線領域には感度が高いという性質があるからです。逆に赤外線領域では感度が低く、写真が発明されて間もない頃は赤色付近では感度がなかったのです。坂本龍馬をはじめ幕末の志士たちが皆顔の色が黒いのは色黒であったのではなく、当時のフィルムは赤に対して感度が低かったので顔の色が黒く写ったのです。近年フィルムは改良を重ね、人が感じるのと同じ様に波長領域が広くなったのです。いわゆるパンクロマチックフィルムです。
 一方で人の眼が感じることの出来ない赤外領域まで感度を持たせたフィルムが発明され、赤外線領域の光で写真を撮る赤外線写真が開発されました。赤外線フィルムは赤外線(近赤外線)に感度を持っているのですが可視光にも感光します。そのため可視光領域の光をカットして赤外線だけを透過させるフィルター(IRフィルター)を付けて撮影をします。このフィルターは可視光を通さないため真っ黒に見えますが赤外線は通過させます。
 赤外線写真では晴天の空は黒くなります。雲は乱反射による赤外線により白く写ります。赤外線写真は可視光をカットしているためモノクローム(白黒)の写真です。山岳写真では空、雲、山のコントラストが強くなるためよく用いられていました。そして特徴的なのは木々の葉の色です。葉に含まれる葉緑素は赤外線をよく反射します。このため緑色の葉は可視光がカットされると葉緑素により反射した赤外線で白く写ります。あたかも草原、木々に雪が積もったように写ります。
デジタルカメラでは撮像素子そのものはフィルム以上に赤外領域に感度を持っていますが、カラー写真を見た目に綺麗にするため可視光領域外の波長をカットするファイルターがカメラ内に組み込まれています。初期のデジタルカメラでは赤外カットの効果が弱いものが多くIRフィルターを付けて赤外線写真が撮れるものがあります。最近では一部のカメラで敢えてこうしたフィルターを組み込んでいないカメラがあり、手軽に赤外線写真が楽しむことができます。赤外線写真を撮る時にはIRInfra Red)フィルターというものを使用することが必要です。デジタルカメラが赤外線に感度を持っているかどうかはテレビのリモコンの先端の小さいレンズをリモコンを操作しながら撮影すると分かります。一度試してみるのも楽しいものです。
人の眼を通してのイメージ

赤外線写真のイメージ

ひまわり畑の赤外線写真(空は黒く、葉は白く写ります)

三浦 実

2012年8月29日水曜日

色の話

 前回は視覚の話が出ましたので、関連して色の話です。
人間が見ている映像は反射した光が人の眼を通して見えています。景色には色がついています。元々太陽光は人には無色(白色)に見えていますが、光が物に反射すると、固有の波長の光が吸収されて、吸収されなかった波長の光が人の眼に入ります。偏った波長の分布を持った光が波長特有の色として見えるのです。
人の眼が色として感じることが出来る波長は380780ナノメートルといわれています。いわゆる可視光です。太陽光が色として偏りのある波長分布になるのは反射するときだけではありません。雨上がりに見える虹も太陽光からの光が波長により色分解されて発色しているのです。光は電磁波の一種でまっすぐに進む性質を持ちますが、性質の異なる物質に進むとき、例えば空気から水、空気からガラスへといった場合、斜めに入った光は角度を変えて進む性質があります。この現象を屈折と呼ばれていて、波長の短い青~紫の波長ほど大きく角度を変えて進む性質があります。 プリズムを通過した光が虹色に見えるのはこうした光の性質によるものなのです。
プリズムによる光の分光
 七色の虹と言われるように虹は7色で表現されますが、本当に7色しか色がないのかというとそうではなくて赤、橙、黄、緑、青、藍、紫が連続的に変化して無数の色があるのです。人間は虹の色で表されている波長の光を視神経が感じているわけですが、太陽はもっと広い波長領域の光(電磁波)を放っているのです。赤より波長の長い部分を赤外線、紫より波長の短い光を紫外線と呼んでいます。太陽からは280nm~3,600nmの広い波長域を持った電磁波が放出されています。赤色に見える光の波長は610~780ナノメートル(nm)紫に見える波長は380~430nmですから、人は太陽光のほんの一部の波長領域しか感じることが出来ないのです。
 しかし太陽光のスペクトル分析を行うと人が感じることが出来る500nm付近にピークがあり人間は効率的に太陽光を活用した動物であると言うことも出来るのです。
三浦 実  




2012年8月25日土曜日

「百聞は一見にしかず」に根拠はあるか?

 「百聞は一見にしかず」という良く使われることわざがあります。
ところでこの百対一について、語呂が良いという以外に定量的な根拠は有るのでしょうか。

英語ではPicture is worth a thousand words.が定訳で、つまり千対一です。

医学、解剖学の情報を調べると諸説ありますが、視覚神経細胞は約400万個、聴覚神経細胞は約3万個とされており、神経細胞数の比較では130倍となり、ことわざとほぼ一致します。
視点を変えて情報通信の観点から画像と音声を比較してみます。
現在の地上波デジタル、BS/CSデジタル放送では主放送はMPEG2、ワンセグはH.264/MPEG4-AVCという高度の圧縮技術を用いているので単純な比較は難しいですが、2011724日に終了したアナログテレビ放送(東北地方は2012331日停波)ではAM変調の映像帯域幅とFM変調の音声帯域幅の比率は約170となり、やはりことわざは定量的にも妥当と思われます。

清水寺の仁王像(吽形)
話は少し変りますが、目と耳では性質に違いがあると感じています。
映画やビデオはあまり繰り返して見ることが少ないですが、好きな音楽は何十回、何百回も聞くことは珍しくありません。「画像は飽きるが、音楽は飽きない」、この性質は何に拠るのでしょうか。
 画像はデータが大きいので頭脳の負荷が大きく、音楽はデータが小さいので負荷が少なく、聞きながら別な作業が出来るということかもしれません。

寺門に設置されている仁王像は開口の阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像の一対ですが、この鋭い目力で仏敵が入り込むことを防いでいます。目は強い情報発信力も備えているということでしょうね。
目と耳に関わることわざを検索すると、4倍ぐらい目に関するものが多くヒットします。 

ATACは「現場、現物主義」であり、傍目八目、耳聞は目見に如かずという言葉もあるので、課題をお持ちの中小企業さんは是非ご相談下さい。一隻眼のメンバーが御相談に伺います。
                                                               坂井公一