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2010年3月22日月曜日

春の陽光

4月の陽気かと思えば、厳冬に戻り、都会にも大雪の状況。まさに三寒四温の春の到来前の出来事なのでしょうか。
そう言えば、つい先日の春ののどかさに庭を見渡せば、木蓮にあたる陽光が厳冬期の弱々しい光とは違って、何か明るい春の到来を賛歌している生き生きとした陽炎までも感じるような勢いを感じさせました。
毎年、この頃になると決まって感じる春の光の明るさなのです。何か冬の太陽光とは違って、春だぞーと鐘を鳴らしてでもいるような輝きを感じてしまうのです。
確かに真冬の弱々しい、輝いていても寒さにさらされた太陽の光とは違って、燃えるような陽炎を感じる光の洪水です。
いったいこれは何なんだろうと不思議な感覚を覚えます。

真冬の太陽の軌跡はずっと南に寄っているので、角度も違うでしょう。そうすると、太陽光が大気を通過する厚みも違って来る筈です。従って大気での光の吸収量も違ってくるでしょう。吸収のスペクトル特性を見れば、冬のスペクトル分布は春の分布に比べて長波長側が伸びていて、青の吸収が多いのではないか、そのため春は冬より青み増して力強く感じられるのではないかと考えたのです。

企業の照明研究所にいた頃、部下に大気の吸収スペクトル特性を調べさせたことがありました。太陽光の波長分布特性の季節による分布特性差です。しかし、残念ながらその有意差は認められませんでした。
写真の趣味の方はご存知のように、色温度というものがあります。黒体放射の色と対比したときの黒体の温度をもって色温度とするもので、通常はケルビン温度で表わされます。
色温度は高いほど波長が短いほうによりますが、この冬の太陽光に対して春になると太陽光の色温度も気温に比例して高くなると考えてはいけないのでしょうか。
この辺になるとどうも私の知識の未熟さを暴露するのですが、どう考えても春の陽光のまぶしさは何か冬とは違った明るさと暖かさを感じさせます。猛烈な黄砂が日本列島を襲い、一昨日は日本中が黄砂で視界も効かない酷い状況でしたが、この黄砂が去った今日は本当に春を感じる暖かな陽光です。
散歩をしていると、家々の庭の木蓮かコブシが真っ白な花を咲かせています。私には残念ながらコブシなのか木蓮なのか解かりません。私の解かるのはせいぜい桜ともみじとチューリップとひまわりくらいです。しかし、この春を満喫する花々の美しさを見るにつけ、春の陽光の不思議さを感じずには居られません。
                              梶原孝生

”宇宙への疑問”の回答

友人から宇宙への疑問の解答を頂きました。

シドニーの友人で著名なジャーナリストの方から解答を頂きました。
その方からの頂いた文を転記します。

アメリカ航空宇宙局(NASA)が、今月の2日、史上最も精査な地球の合成画像というのをを公開しました。実は、この公開を待っていたのですが、ここに、先日、梶原 孝生さんが宇宙への疑問の中で述べられていた回答がひそんでいます。あの画像は、見事なものですが、地球観測衛星テラが撮影した数千枚の画像を合成したもの、となっています。

そして、NASAの説明は、米海洋大気局のAVHRRセンサーで得られたデータも加味したと、しています。相当な精度と考えてよいと思います。

現在、地球観測衛星「テラ」のほかに、「アクア」が回っています。この二つには、36バンドの観測波長帯を持つ光学センサーが搭載されています。

この二つの観測衛星のうち、「テラ」は、1999年12月に打ち上げられました。

軌道の高さは、705キロです。1周99分で回っています。

観測幅は2330キロと発表されていますが、実のところはもっとやっているかもしれません。わかりません。

2日に公開された映像には、さらに海洋大気局のAVHRRセンサーのデジタル処理された画像も加えているということす。このAVHRRというのは、もう飛んですでに30年になります。ベトナムがカンボジアに侵攻した年に打ちあがった衛星に搭載されました。AVHRRの最初のAはAdvancedのAですが、地球を全部観測している貴重なセンサーです。30年たってもadvencedといえるのは、雲の画像というか情報を得るのに、極めて優れものです。
発表国がアメリカですから、どうしてもアメリカが中心に入った地球の映像になりますが、パッチワークですので、高度705キロから撮った画像でも、裏方のパッチワーク技術によって、地球の全貌を見せることができるというものです。

ちなみに、ご存知と思いますが、国際宇宙ステーション(ISS)は最低高度280km~最高高度460Kmの間を日によって高度を変えながら飛んでいまして、窓も小さいため地球は1/4~1/6?位しか見えないようです。 ISSの高度は大気の抵抗などで絶えず低下をつづけていますので、年に何回かブーストで軌道を数キロあげる必要があります。まあ、最高高度でも上記に書いたくらいです。

あとは、気象衛星です。日本のひまわりは、軌道高度 約36,000km ですが、東経140度上の静止衛星軌道です。

最新の画像をお楽しみになってください。
誰もみていないところの画像を、処理して作る・・これが正解のようです。
シドニー・ボーイ
以上で眼からウロコが落ちました。             梶原孝生

2010年2月1日月曜日

冬期オリンピックが始まります

いよいよバンクーバーの冬季オリンピックがあと13日で始まります。わくわく して待っています。
私はカナダのバンクーバーが大好きで、今回のアルペン競技の会場となるバンクーバーの市内から3時間の北にあるウイスラーに毎年スキーに出かけています。もう、かれこれ14年、15~6回も行っているでしょうか。ある年は1月に行って、一旦、日本に戻って今度はスイスに滑りに行って、また日本に戻ってウイスラーに滑りに行った年もありました。また、5月のバンクーバーで満開の石楠花に圧倒され、ここから大陸横断鉄道VIAでジャスパーまで行き、カナディアンロッキーの大氷河を見に行ったこともあります。日本では石楠花は高山植物として富士山の上のほうや、北アルプスで良く見かけますが、バンクーバーの南でアメリカとの国境を越えたイチローやビルゲイツでおなじみのシアトルでは市の花が石楠花です。シアトルやバンクーバーの石楠花は日本のものと違って、大きな樹木で、花も赤や黄色、ピンクと華やかで至る所にあでやかな花を咲かせています。

バンクバーを大好きな理由の第1は、先ず空気が綺麗と言うことでしょうか。バンクーバーの国際空港に降り立って、空港から北を望むと空港から直線距離で約10キロのダウンタウンの林立した高層ビル街が見えて更にその先30キロにノースバンクーバーの白銀の山々が聳え立って見えます。大阪で我が家から40キロの生駒山や僅か20キロの六甲山だってこんなに綺麗には見えません。やはり空気が澄み切っているからでしょうか。なんと南には遥かにシアトルより先の白銀の独立峰レーニア山までもがかすかながら見えるのです。

空港で入国審査を済ませ、外に出たときの空気のうまさは、日本に帰ってきて関西空港の外に出て思わず息をとめてしまう情けなさと対照的に思わず深呼吸をしてしまいます。半導体のクリーンルームの空気の清浄度を示すレベルで言うならばクラス0.1でしょうか。
バンクーバーのダウンタウンを入り江のほうに降りて行って、パンパシフィックホテルの辺から有名なスタンレイパークを眺めると、その先に美しいライオンブリッジが見えます。まさにこれはサンフランシスコの金門橋を真似て造った橋でそっくりです。その光景もよく似ています。
オリンピックのアルペンスキー競技のウイスラーはこの橋を渡って北に約70キロ行ったところで、広大なしかもダイナミックなスキー場です。

例年、バンクーバーのダウンタウンですし屋にも入ります。昨年はここで「真央ロール」とか言って一昨年、浅田真央が気に入って食べて名前がついたカリフォルニアロールの変形巻き寿司を食べました。味は大したこともないのですが、おじさん達は可愛い真央チャンを想って喜んで食べていました。

もう8年前になりますが、米国ソルトレークでの冬季オリンピックで、アイスホッケー戦でカナダがアメリカを負かしたときには、バンクーバーは大騒ぎで、昔々阪神タイガースが優勝して道頓堀に飛び込む若者が絶えなかった馬鹿騒ぎどころではありませんでした。
ロブソンストリート(銀座に相当する)には車の屋根に上がって花火をかざして、あの冬の寒い中を上半身裸で騒ぐ若者で溢れかえりました。至る所で爆竹も鳴り大騒ぎでした。
カナダの連中は意外にもアメリカが大嫌いだという者が多いようです。理由を聞くとカナダよりアメリカを上に見ているからだと言っいたので成る程と思いました。アイスホッケーはカナダの国技のようなものなのに、いつもアメリカには負けていたのでこのときには国を挙げての大騒ぎでも無理なかったのでしょう。

バンクーバーに限らず、北米や欧州でも不思議に思う事として、彼らが寒さをあまり感じないことです。ウイスラーのスキー場の夜の街を、Tシャツ一枚で平気で歩いています。こっちは頭巾つきのコートを羽織っているのに、その前を平気でTシャツ一枚の若者が闊歩して行きます。もう一つ思うのは、雨も気にしません。
何時だったかニューヨークの街角で雨にあいました。外人は平気で濡れて歩いているのです。連中はステーキばかり食べるので顔も油で弾くのでしょうか。真似して濡れてみましたが、とても我慢できず、レストランに飛び込んで、背広の雨滴をハンカチで拭ったりしましたが、連中は平気です。ロンドンでは傘を持って歩くのが紳士のお洒落かもしれませんが、北米では傘を持っている人を見かけません。

そう言えば、雪の札幌でも現地の人たちは傘をさしていませんでした。我々だけが大仰に傘に積もる雪を払うのに懸命でしたことを思い出しました。しかし、外人の雨に濡れるのと、Tシャツ一枚にはいつも驚かされます。

まもなく始まるスキーのアルペン競技で、昨年、私たちも滑ったオリンピックコースを選手がどんな様子で走り抜けるのかをテレビで眺めるのが今から楽しみです。
                             梶原孝生

2010年1月1日金曜日

宇宙への疑問

12月21日にカザフスタンのバイコヌール宇宙基地から野口聡一飛行士ら3人の乗ったソユーズが打ち上げられ、23日に無事地球から240キロ離れた国際宇宙ステーションに到着した。長期外在は若田さん以来の快挙だろう。
しかし、はてなと思うことが出てきてしまった。

よく写真で見る宇宙から地球を眺めた写真を眼にする機会がある。何か宇宙船から地球を眺めた写真である。遥かな宇宙から、幾つかの渦巻いた雲が散見される青味がかった丸い地球の写真である。
         
ところが今、我が家の地球儀を眺めてみよう。地球の直径が約1万2千キロであるから、我が家の地球儀の直径約30センチは約5万分の1に縮小されている訳で、宇宙ステーションの地球から離れた約240キロの距離はこの地球儀の表面約6ミリの位置となる。酔っ払って計算したので少々計算に自信はないが、なんだ、あの遥かな国際宇宙ステーションも地球儀を前にすればたったの6ミリの表面なのかと聊かな驚きであった。     

ここからが疑問である。地球儀を眺めて、その表面の僅かな6ミリのところから地球儀を眺めたら、とても地球儀の全体を捉えることは出来そうにない。もっと地球儀から離れて眺めなくてはとても地球儀の表面全体を見渡せないだろう。あのよく見る丸い地球の写真は、もっと遠方から眺めたのもなんだろうか。どう見ても地球儀から30センチは離れないと見渡せないだろう。と言う事は、あの地球の写真は実際の地球から約1万2千キロも離れないと駄目ではないか。これが第1の疑問である。
       
また、国際宇宙ステーションが地球から約240キロしか離れていないということは、何か遥か高い高い宇宙の彼方という概念も間違いだった。なんだ、そんなに離れていない地球のすぐ上空にいるのかと、逆に親近感を覚えてしまった。
         
240キロという距離は、大阪から浜松あたりまでの距離だろうか。東京からだと豊橋あたりまでの距離になるのかもしれない。我が愛車で大阪から名神、東名を飛ばせばたかだか3時間の走行時間だ。そこまで行くのに我が愛車のスピードとは比べ物にならない高速で、3日間もかかるのは一体何を道草してるのだろう。大袈裟すぎる。
         
直線距離で240キロを真っ直ぐに走って行くのではなく、地球の周回軌道を回りながら行くためなのかもしれない。それにしても我々の頭脳では、どうも横の水平距離と高さでの距離感覚は何かだいぶん違ったスケールを想像してしまうようだ。
         
たとえば、富士山の標高3千7百メートルは、なんと横にすれば我が家からウオーキングで歩く距離である。早足で歩けば1時間もかからない。しかし、実際の富士登山では麓の富士吉田から歩き始めればたっぷりとまる1日かかる。これは垂直に梯子のようなもので3キロを登るのではなく、位置エネルギーに抗しながら登るために、ほぼ水平距離とあまり変わらない勾配でジグザグに登るため、折り返しながら高さの数十倍の距離を歩くことになる。
       
しかも位置エネルギーに抗しながらである。

宇宙船も地球の引力に抗しながらで相対速度は落ちるのだろうか。いやいやちょっと地球から離れれば、地球の引力圏からは影響を受けない筈だ。やはり何処かで道草を食っているに違いない。
         
大阪から東京に行くときに、いつも飛行機を利用する。あの高度6千メートルから眺める地上の風景も、考えてみれば水平距離の6キロと言えば電車で一駅の距離である。飛行機から眺めたときにはもっと遥かな距離を感じてしまう。どうも水平距離の距離感と垂直の距離感はだいぶん違った感覚を持ってしまうのは私だけなのだろうか。
         
いま、明け方近くに、南の空を駆け抜ける国際宇宙ステーションが肉眼ではっきりと見えるそうだ。身を切る寒さに耐えながら、240キロ離れた(或いは240キロの近くの)宇宙ステーションをじかに眺めてみればまた違った感覚を味わうことになるのかもしれない。
                             梶原孝生